圧倒的なスピードとボリュームで実行、組織課題を徹底的にクリアにする「堀尾司」の経験と価値観【インタビュー】

急成長企業でありとあらゆる人事施策を実行した経験。ただの経験に終わらせず、言語化して型にして、また新たなチャレンジに活かす。

どのような機会にどのような判断をしてきたか。どのような経験を積んできたか。「この人はどういう人なんだろう」、ボードメンバーの人となりをお伝えするのが、この「紹介記事」です。職種も会社も、かなりの数を経験していた堀尾司氏が、なぜ人事を自分の軸にしてきたのか。ソフトバンクでの圧倒的なスピードとボリュームでの実行、組織課題を徹底的にクリアにしていったグリーでの濃密な時間。そうした経験はどのように培われたのか、その多くの引き出しをどのように活かしているのか。今に至るキャリアを詳しく伺いました。

キャリアとは、人との縁でつくられるもの

キャリアと言われると、いろんな人の縁でどんどん新たな機会に恵まれた感じですね。アルバイトを掛け持ちして過ごしていた20歳のある日、リクルート社員の方々と縁ができたのがスタートだと思います。

堀尾司
ボードメンバー株式会社ワークスエンターテイメント戦略人事支援事業本部本部長 堀尾司氏

アルバイト先の一つに、リクルートのアメフトチームの寮の近くにある中華屋さんがありました。常連客である社員の人と仲良くなって、リクルートのサッカー部に遊びに行くようになり「うちでアルバイトしないか」と誘ってもらって、それで営業や制作のアシスタントとして入りました。求人の原稿を作成するような仕事です。だんだん面白くなっていって希望して営業部に異動。お客さんに恵まれて、結果も出せるようになりました。

ただ、そのあとリクルートに区切りをつけてベンチャー企業へ入社し、会社の立ち上げをやったりしたのですが、どれもなかなかうまくいかなかったんです。ちょうど2000年前後で、この頃のベンチャー企業の実態を肌感覚で体感できたのはとてもよかったのですが、しんどい時期でもありましたね。

会社をたたんだあと、ソフトバンクの人事に関わっているリクルート時代の先輩に出会いました。「孫さんが新卒3000人採用したいと言っているけれど、何か考えてよ」と言われて、就活中の学生の方々を集めた「孫正義LIVE」に携わったんですね。

無事に実現できたのもよかったのですが、自分もその場で孫さんの講演を聞いたら感動してしまって。孫さんが登場していきなりの一言目が、「毎晩寝る時に、翌朝になるのが楽しみで仕方ない!」という言葉で、毎晩翌日が憂鬱な自分と真逆!(笑)と打ちのめされ、夢や志の言葉に圧倒されて。それでソフトバンクに入りたい!と思い入社しました。

堀尾司

「型」をつくったソフトバンクとグリーの時代

ソフトバンクでは「前例のない、ありとあらゆることをやった」という時代ですね。新卒3000人採用、中途1500人採用、それから採用受入、研修等々、どれも数千人規模で次々とやりました。

派遣社員の大量採用やそれに対する全国行脚の説明、また、組織統合や買収も相次いだので、人事・管理などを統合して機能させていくプロセスづくりと現状把握やジョブローテーションや組織活性化等、全て同時並行を進めないといけない事態もありました。役員の方々と日々打ち合わせして、それをすぐ現場に浸透させて、というのをかなりのスピードで経験させていただいたと思います。

誰もやったことのないスケールのことでも実行できた理由の一つは、ソフトバンクの風土にあったんでしょうね。上層部の方々がこちらの提案を謙虚かつ真摯に聞いてくれて、とことんやらせてくれました。もちろんアドバイスもくれますし、部のメンバーも常に一緒にアイデア出しをして動いてくれたし。みんなが前向きな姿勢でしたし、立場や役割を超え一つのゴールに突き進む熱量のなか、事業部サイドに寄り添って実行させていただいたことは、本当に良い経験だったと思っています。

堀尾司

次のステージへ行こうと転職活動をしていた際、とあるベンチャー会社に入りまして、そこでここまでやった経験を応用しようとしたんです。でも得てきた経験が 自分の型になっていなかったのでしょうね 。この時には、全くの不完全燃焼でした。

そこでやっぱりさらに経験を積める会社に行こうと、戦友のリクルートエグゼクティブエージェント森本千賀子さんに相談して転職活動をし、グリーに入りました。

ソフトバンクでは「圧倒的なスピードで人事の業務をやりきる」とか「成長志向のある会社でおこる課題に対し、多種多様な施策で前へ進める」ということをやってきたので、それが自分の強みだと思っていました。それを活かしながらもっと自分の型にしていけたらと思って、この会社に決めたんです。ですが、グリーは、更に3倍速のスピードでした。(笑)
 
グリーは徹底的にKPIで事業が動いている会社だと捉えてますが、それが全社的な様々な組織にも展開され、ファクトをフレームワークで整理して一気に展開する、といったことが人事でも求められていました。その中で改めて自身を磨きたいと思ったんですね。正直なところ、そのスピードには最後の最後まで追いつけたのかは未知数です。それ程のスピードで、皆優秀な同僚や部下ばかりで、この時期も全力疾走でした。今、思うといつも必死ですね。

「当事者」として支援先の企業にかかわる

その後、ご縁で東京東信用金庫様に身をおき、地域活性化に携わらせて頂いていた後、個人会社「福笑い」を、部下1名とつくり、さらに経営支援をするなどの経緯を経て今に至ります。ここに来て、これまでの経験が全部つながっているなと感じています。

堀尾司

ちょうど個人会社をつくったときに、カウモ株式会社と出会ったのは大きかったです。平均年齢が20代前半という若い人たちの会社で、人事関連を整備していくお手伝いをするということで関わり始めました。今後やりたい事が、1社に対する面積の多い外部支援をやりたいと感じていたんです。トムクルーズの映画に「エージェント」というのがあり、まさにこの世界観!と、部下に無理やり見させた記憶があります。笑

自分のしてきた経験を伝えるだけではなく、 実際にその会社に入り込んで、時には人事幹部の立場になって一緒に動かしていくスタイルをとっているのですが、自分の経験を元にできることはたくさんあります。入り込むというのは、自分事になるということですね。 成長志向のある会社を手伝って一緒に成長していけるのは本当に得難い経験ですし、やりがいもありますね。

必要な人事機能、たとえば採用・育成・時にメンタルや退職といった難しい部分も含めて実行をすること、そして事業に寄り添って現場の声をしっかり拾っていくスタイルは、いろんな会社で応用できるのではないかなと思っています。 
一方で、変化のこれだけ激しい時代に、「型」を持ちながらも「型」による成功体験に固執しすぎないことも大事だと思っています。今までの型では通用しないことばかりが起こる時代――そこで自分が何をしていけるか。まだまだ挑戦し続けたいですね。

 icon-pencil 取材を終えて―編集後記―

インタビューで何度か出てきた「型」という言葉を聞いているうちに、「守破離」という言葉を思い起こしました。前例のないなかで工夫を重ねたソフトバンク時代は「」ではなく「」のような印象もありますが、企業の中で経営を支える「」をしていたともいえるかもしれません。それを改めて自分の型としながら、みずから型を「」り違う組織でのチャレンジを重ね、そして何にでも応用できる「」の境地に来ているのが今ではないか――とご経験の変遷を聞きながら思いました。